大判例

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東京高等裁判所 平成元年(う)688号 判決

被告人 中谷仁 外一名

〔抄 録〕

1 記録によると、原判決が被告人中谷及び同會澤に対する前記第一、一1記載の公訴事実につき、いずれもその証明がないとして、無罪の言渡しをしたこと、また、右無罪の言渡しに至るまでに、検察官に対し訴因変更を命じたり、明示的にこれを促したりしたことのないことは、所論の指摘するとおりであると認められる。

2 本件は、所論の指摘するとおり、暴力団同士の対立抗争に関連し、暴力団員が対立暴力団員一名をけん銃で射殺したという重大な事案であるから、被告人中谷の関係において、証拠上、同被告人が単独で右殺人等を実行したとの訴因については、無罪とするほかなくても、これを同被告人が作田及び進藤と共同して右殺人等を実行したとの訴因に変更すれば、有罪であることが明らかであったとすれば、原裁判所には、所論のとおり、検察官に対し訴因変更を促し又はこれを命じる義務があったといわなければならない。被告人會澤の関係においても、同様である(最高裁昭和四二年一一月二六日決定・集二二巻一二号一三五二頁)。

しかし、記録によると、被告人中谷の関係において、証拠上、右のように殺人等の共同正犯に訴因を変更すれば有罪であることが明らかであったとは認め難い。その理由は、次のとおりである。

3 まず、原判決は、証拠上、作田、進藤及び中谷が三人で石川事務所に押し入り、進藤が上野をけん銃で射殺した「蓋然性が高く認められ」ると判断するに止まり、右の事実について証明が十分であるとは認めていない。

原裁判所の心証が右の程度に止まる限り、原裁判所は、殺人等の共同正犯に訴因を変更すれば有罪であることが明らかであるとの判断には到達し得ず、検察官に対しそのような訴因変更を促し又は命じることは不可能であったといわなければならない。

そして、殺人等の共同正犯の事実が訴因として正面から審判の対象とされていなかった本件において、原裁判所の心証が右の程度に止まったことを非難することはできない。

4 また、仮りに、原審において、作田、進藤及び中谷が三人で石川事務所に押し入り、進藤が上野をけん銃で射殺した事実について証明が十分であったとしても、そのことから直ちに、訴因を殺人等の共同正犯に変更すれば有罪であることが明らかであったとは認め難い。証拠上、中谷と作田及び進藤との間に上野殺害等について共謀が成立していたか否か、疑問が残るからである。

本件犯行に至る経緯及び犯行の状況は、前に詳細に検討したとおりであって、これによると、

(一) 中谷は、個人的に石川に怨恨を抱いてはおらず、同人の殺害を企図する動機もなかったこと、

(二) 中谷は、前日、山口から石川殺害を指示され、けん銃を手渡されたが、石川を呼び出せず、殺害に失敗した後、作田又は進藤にけん銃を取り上げられたこと、その後は、進藤がけん銃を所持していたこと、

(三) 作田及び進藤は、石川を殺害する意図をもつて、ほうびマンションに赴き、激しい行動に及んだこと、

(四) 中谷は、作田の命令により、同人及び進藤に随つてほうびマンションに赴いたが、同所においては、作田及び進藤の行動に加わらず、消極的な態度をとっていたこと、

(五) その後、作田及び進藤は、更に石川を求めて、中谷等を伴い、丸西アパートの石川事務所に赴いたこと、

(六) 石川事務所においては、作田及び進藤が上野を奥六畳間に押し込み、暴行を加えた上、進藤が上野にけん銃を突き付け、なおも暴行を加えながら、石川の所在を聞き出そうとしたこと、

(七) その間、中谷は、作田及び進藤の傍らにいたが、積極的に同人らに加勢することはなかつたこと、

(八) そのうち、突如、進藤がけん銃を発射して、上野を殺害したことの疑いが極めて強いと認められる。証拠上、上野の殺害について、中谷が右の事実以上に積極的な行動をしたとは認められない。

以上の事実を基礎とし、特に、中谷が作田、進藤に対し従属的な立場にあり、現にその行為・態度も終始消極的であったこと、もともと作田及び進藤が殺害を企図していた相手は石川であって、進藤の上野殺害には偶発的色彩が濃く、中谷がこれを予想していなかった可能性が大きいと推測されること等の点を考慮すると、中谷と作田及び進藤の間に上野殺害についての共謀が成立していたか否か、疑問が残るといわなければならない。

けん銃及びその実包の所持についても、同様、共謀の点について疑問が残る。

もともと、右共謀の点は、殺人等の共同正犯に訴因が変更された後、更に証拠調べ等を尽し、事実上及び法律上の問題を究明すべき事柄であったのであるから、そのような訴因変更が行なわれていない段階で、右のような疑問が残るのも、やむを得ないこととしなければならない。

5 以上、いずれの点からみても、被告人中谷の関係において、証拠上、殺人等の共同正犯に訴因を変更すれば有罪であることが明らかであったとは認め難い。

したがつて、原裁判所には、被告人中谷の関係において、所論のように検察官に対し訴因変更を促し又は命じる義務があつたとは認められない。

そして、被告人中谷の関係で右義務が肯定されない以上、その幇助犯として起訴された被告人會澤の関係でも同様に解すべきことは当然である。

6 付言すると、本件において、原裁判所に訴因変更を促し又は命じる義務がなかつたことは、前記のとおりであるが、本件事案の重大性等にかんがみると、原裁判所としては、検察官に対し、訴因の変更等の意思の有無について釈明を求めるなどして、訴因の変更の必要につき検察官の注意を喚起するのが、妥当であつたと思われる。

しかし、これは、訴訟指揮の妥当性の問題に止まり、刑事訴訟法における訴因制度の建前及び前記最高裁判所の判例の趣旨にかんがみると、本件において、裁判所に右のような求釈明を行うべき訴訟法上の義務があつたとは、認められない。

けだし、前記第一で詳細に説示したような本件捜査及び原審公判の経過並びに本件の証拠関係に徴すると、本件について裁判所が原判決のような事実認定に達する可能性があることは公判審理の過程で十分予測することができたと認められるから、検察官において共同正犯の事実についても審判を求める意思があったのであれば、裁判所の求釈明を俟つまでもなく、進んで訴因の変更等(実際には訴因の択一的又は予備的追加が考慮されたと思われる。)を行うべきであつたといわなければならない。したがつて、原裁判所が右の点につき求釈明をしないで判決したことが、検察官に対する不意打ちに当るとは認められない。その他、原審公判の経過等を考慮しても、原裁判所に求釈明の義務があつたとは解されない。

そうすると、原裁判所が求釈明をしなかつたことも、訴訟手続きの法令違反に当るとはいえない。

7 以上のように、検察官に対し訴因の変更を促し又は命じることなく、被告人両名に対し無罪の言渡しをした原判決に、所論の訴訟手続きの法令違反は存しないというべきであつて、論旨は、理由がない。

(吉丸 木谷 平)

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